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2012年05月22日

頭の中の自由

今日は忙しい日でした。早朝にFAXが入り、軽めの翻訳の依頼。久しぶりだったので面倒でしたが、頭が柔軟に動いてくれたので、なんとかこなしました。頭の中が自由だと感じました。そして通院。治験の診察日だったのですが、医師とは、1人で外出することが難しい、ということについて話をしてきました。今度は物理的な自由の問題です。主治医によると、外出ができないのは、外に対する興味が湧かない、意欲が持てない、なんとなく怖い、億劫だ、など様々な要因があるとのことでした。私はどれにも当てはまります。この5年くらい、どうしても行かなければならない病院やスーパー以外、単独でどこかへ行ったことはほとんどありません。
病院から帰ると、いくらかの家事を済ませ、またまた趣味の小説にとりかかります。楽しいんだな、これが。体調もいいのだと思います。頭で考え、ロジックを組み立ててゆく作業。私に何よりの充足感を与えてくれます。たとえ自由に外出できなくとも、頭の中だけは自由に駆け巡ることができる。最近そう思えるようになりました。この病気ですから、頭の中さえ不自由ではあるのですが、それでも今は頭の中の車椅子を押して、どこへでも自由に走ることが出来るのです。
肉体の自由。頭の中の自由。どちらも手に入れることは難しいけれど、手に入れたその時、気がつくのです。自由とは何であったかと。
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2012年05月21日

人間らしさを取り戻す

いつの間にか、人間らしい暮らしをしています。今日は朝から庭に花を植えました。オレンジ色のキンセンカという花を20株。土いじりのあとは、小説の構想を練っておりました。精神科閉鎖病棟を描く予定のため、闘病記でもある自分の詩集『烈風』を読み返していたのですが、感情や感覚が衰えた干からびた自分がいて、「私、こんなに苦しかったんだ。そして今、こんなに生き生きしている」と感じました。

眠った耳
がらんどうの眼
病者がうつろな空を仰ぐ

悲しくはない
寂しくもない
ただ一筋の涙がこぼれ
虚しい夕日に光るだけ
(吉川千穂『詩集 烈風』「鼻」より)

そして「わたしは生きているのか」と問うています。同じく「喪失」では

人間であることをやめなければならなかったあの日

思考はまどろみ 感性は震えをやめて
心は次第にかたくなになっていった

とあります。
医師に「人間らしく生きていない気がします」と訴えたこともありました。失った人間らしさを徐々に取り戻した今、人間らしさとは何かというテーマで物を書こうとしています。すごい進歩です。そして問いはまだまだ続くと思います。失われたからこそ、それが何であるかがわかるのだと思います。野の花でした。
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2012年05月20日

過去との決別

先に書きましたように、私は今、精神科閉鎖病棟を舞台にした小説を書き始めています。今日も熱中して取り組んでいましたが、ふと気がついたんです。自分のもっとも辛かった過去を掘り返して、細部まで記憶をたよりに描く作業をしているのに、ちっとも辛くないということ。20代の頃に味わった入院中の地獄の苦しみを今、小説として再現しようとしているのに、心は痛くもかゆくもないのです。時間が経ったのだなと、思いました。10年以上前のことです。リアルに描くため、いろんなエピソードを思い出し、脚色していますが、辛い経験は今、あくまで小説の材料にすぎません。過去が段々と色あせて、いい具合に本物の過去になっていくのを感じています。思い出したくないおぞましい闘病の過去。いつのまに乗り越えたのだろう。もちろんすべてを乗り越えたわけではありません。ドイツ留学時代の思い出は今でも辛すぎて思い起こすことができません。でも少しずつ、私は何かと決別して生きているようです。これはとても嬉しい進歩です。人間には忘却という働きがありますが、きっと小説に再現された過去それ自体がもう、脚色された別の何かなのかもしれません。何にせよ、病気による苦しい過去を今笑って描けるということに、私は誇りを感じています。そして私はもっと先にいける。そんな気がしています。
posted by 野々花 at 17:57 | Comment(4) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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過去との決別

先に書きましたように、私は今、精神科閉鎖病棟を舞台にした小説を書き始めています。今日も熱中して取り組んでいましたが、ふと気がついたんです。自分のもっとも辛かった過去を掘り返して、細部まで記憶をたよりに描く作業をしているのに、ちっとも辛くないということ。20代の頃に味わった入院中の地獄の苦しみを今、小説として再現しようとしているのに、心は痛くもかゆくもないのです。時間が経ったのだなと、思いました。10年以上前のことです。リアルに描くため、いろんなエピソードを思い出し、脚色していますが、辛い経験は今、あくまで小説の材料にすぎません。過去が段々と色あせて、いい具合に本物の過去になっていくのを感じています。思い出したくないおぞましい闘病の過去。いつのまに乗り越えたのだろう。もちろんすべてを乗り越えたわけではありません。ドイツ留学時代の思い出は今でも辛すぎて思い起こすことができません。でも少しずつ、私は何かと決別して生きているようです。これはとても嬉しい進歩です。人間には忘却という働きがありますが、きっと小説に再現された過去それ自体がもう、脚色された別の何かなのかもしれません。何にせよ、病気による苦しい過去を今笑って描けるということに、私は誇りを感じています。そして私はもっと先にいける。そんな気がしています。
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過去との決別

先に書きましたように、私は今、精神科閉鎖病棟を舞台にした小説を書き始めています。今日も熱中して取り組んでいましたが、ふと気がついたんです。自分のもっとも辛かった過去を掘り返して、細部まで記憶をたよりに描く作業をしているのに、ちっとも辛くないということ。20代の頃に味わった入院中の地獄の苦しみを今、小説として再現しようとしているのに、心は痛くもかゆくもないのです。時間が経ったのだなと、思いました。10年以上前のことです。リアルに描くため、いろんなエピソードを思い出し、脚色していますが、辛い経験は今、あくまで小説の材料にすぎません。過去が段々と色あせて、いい具合に本物の過去になっていくのを感じています。思い出したくないおぞましい闘病の過去。いつのまに乗り越えたのだろう。もちろんすべてを乗り越えたわけではありません。ドイツ留学時代の思い出は今でも辛すぎて思い起こすことができません。でも少しずつ、私は何かと決別して生きているようです。これはとても嬉しい進歩です。人間には忘却という働きがありますが、きっと小説に再現された過去それ自体がもう、脚色された別の何かなのかもしれません。何にせよ、病気による苦しい過去を今笑って描けるということに、私は誇りを感じています。そして私はもっと先にいける。そんな気がしています。
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2012年05月19日

書くことしかない

今日は土曜日ということで、先週同様夫と二人、デート。街へ出かけてきました。ヨドバシカメラをぐるぐる回った後、紀伊国屋書店に入り浸り、イノダコーヒーといういつものカフェで買った本を読みながらコーヒーを。帰りにはお気に入りの「あまとう」というお菓子屋さんでお菓子を4つ買って帰りました。帰って、紅茶を入れてお菓子をいただき、ほっと一息。今に至っております。
疲れやすいことをのぞけば、体調はいいです。意欲もあるし、集中力もあります。何に意欲を燃やしているって?それは・・・実は最近、小説を書き始めたのです。詩はずっと前から書いているのですが、友人に勧められたのをきっかけに、書いてみようか、と。詩と違って、構想をしっかり練らねばと、頭をひねっております。ものすごく、楽しいです。小説の舞台は精神科の閉鎖病棟。精神を病んだ主人公の物語です。病気を経験したからこそ書ける内容を描きたいと思っています。
先日、主治医に「あなたは働けないのだから、年金をもらっているのです」と言われたとき、とても苦しかった。そのとき、私には書くことしか残されていない。そう思ったんです。こんな私が生きて何かを社会に発していけるとすれば、それは詩や小説を書いて発信することしかない、と。最終的に小説が書けるかどうかはまだわかりません。でもその志を持つことが私にとって意味のあることなのです。生きる道標としての書く作業。このブログもそうです。書いて発信せずにはいられないのです。自分の存在を確かめ、人に伝えるために、私は書き続けます。読んでくれるみなさんに感謝します。読者がいるから、成り立つ行為だから。いつも、ありがとうございます。そしてこれからもどうぞよろしく。野の花でした。
posted by 野々花 at 17:35 | Comment(3) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2012年05月18日

寄りかかって生きる

皆さん、こんにちは。野の花です。
やりきれない、なんて昨日は書きましたが、今日は打って変わって気分爽やか。何故でしょう。実は昨夜夫が早く帰ってきてくれて、コミュニケーションを十分に持つことができたのです。たったそれだけのことなのですが、なんだか心は満たされて、今朝は落ち着いているし、不安もないし、笑顔で「行ってらっしゃい」を言えました。結局私の元気の源は夫の愛情なのです。他力本願なところはよくありませんが、私の精神状態が安定しているのは、薬のせいだけでなく、夫との関係に依存している、それがよくわかりました。人という文字のように、支えあってようやく立っていられる感じ。私はもろい存在です。でも夫の愛があるから、私は今日も頑張れます。家事もそうですし、書きかけの詩や小説をもっと進めよう、と。
人に依存して生きている自分がよく見えます。誰かに寄りかかって生きていることがよくわかります。でも無理に独り立ちしようとは思いません。大切な家族をいたわって、生かされている環境に感謝して、互いに寄りかかり、バランスを保っていこうと思うのです。弱いのだから、支えあっていればいい、それくらいの気持ちでいます。どんな強い人もきっと心では大切な人に寄りかかっているはず。
今日はピーカン。昨日買ってきたサツマイモの苗でも植えようかな。小説の構想を練っていますが、頭がつかれるのでここらで一休みします。
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2012年05月17日

やりきれない

やりきれない、が最近の口癖になっている。何がつらいのか。夫の帰りが遅いからか。寂しいからか。それとも体調が優れないのか。おそらく、どれでもない。夫の帰りが遅くて独りの時間が長いせいもあるかもしれないが、根本的な苦しみの原因はそこにはない。先日の通院の際に、医師から「あなたは病気をしているから、一般の人と同じように働いてお金を得ることがでいないんです。だから年金をもらっているんです」と言われたことが、じわじわと私の心を暗くしているのだと思う。年金をもらえることはありがたい。しかし、若くして年金に頼らざるを得ず、働くこともできない日々を「延々と」送っていくことが、やりきれなく辛いのだ。何か志を持たなくては。何か人生を支える活動や信念がなくては。これから先ずっと生きていくのに、人生は長すぎる。何かを積み上げてゆく感覚を持ちたい、そう思って、詩を書いたり、小説を書いてみる。どれも頭を使うので長時間はできないが、諦めるわけにはいかない。
今日は天気がよくて、両親と花や野菜の苗を買いに行くことができた。そんな気分転換があったので少し気が楽になった。気分転換は大事である。それでもまた独りになったら、苦しい気もちが首をもたげるのだろう。何かを積み上げて生きている毎日を実感したい。それは簡単ではないけれど、模索はこれからも続くのだろうと思う。この苦しみから逃れたい一心で。
posted by 野々花 at 16:00 | Comment(4) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2012年05月16日

片思いの間に

なんだか、片思いしている心地がします。もちろん夫に。結婚6年目にして片思いとは何でしょうね。この頃は夫の仕事が忙しく、帰宅が遅く、昼休みにくれる一本の電話がひたすら待ち遠しくて、電話に出れば「頑張って〜」と応援の旗を振り、会いたい想いがつのるばかり。数分の電話が終わると、私はまたポツネンと家にひとり。結婚しているというのに遠距離恋愛(大げさですね)の心地がします。
こんな雨雲の日には、誰かとおしゃべりをして、寂しさを紛らわしたいところですが、そうもいかず。本来ならば、自分の仕事なり好きなことなりに没頭していれば、何も寂しいはずはないのでしょうが、陰性症状が治りきらない様子、自分の世界に没頭することができません。無趣味な人間ではないのに、自分の生活をひとりで歩めない人間でもないのに、病気というのはどうして人からその人らしさを奪うのでしょうか。
ともあれ、自分のできることをして時間を過ごすしかないのです。これは一過性のものでもないから、この生活がずっと続くのだと覚悟を決めて、自足すること。少しでも豊かな時間を探って。夫が帰ってきたら、私も充足した顔で迎えてあげられるように、何かを探しにゆこう。自分らしい時間の過ごし方を求めて。
posted by 野々花 at 13:14 | Comment(4) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2012年05月15日

疲れやすさそして年金の更新

今日は治験のため通院してきました。昨日の記事に書いたように、疲れやすさについて主治医に相談してきました。土、日と夫と行動をともにした後、月曜にはぐったりしてしまうこと、疲れ方が極端であることを伝えました。主治医は、それは病気のせいであるけれども、薬で治っていく部分ではないこと、体力をつけていくしかない、そして最後まで治らない部分であることを説明してくれました。治ってはくるけれど、ストレス脆弱性とでもいいましょうか、治りきらない部分としての体力の問題。ずっと抱えていくのだなと思いました。
それと関連して、年金の更新についても聞いてきました。来年、五年ごとの障害年金の更新があるのですが、日常生活が大体できている私はもうもらえないのではないかとずっと心配していたのです。もし来年年金が切られて、この体力で働かなくてはならないとしたらかなり不安があると伝えたところ、診断書は書きますよとあっさり言ってくださったので安心しました。私が病気でなかったのなら、一般の人と同じように、あるいはそれ以上働いてお金を得られたはずなのだから、と。年金については安心しましたが、少しつらい気持ちにもなりました。自分が病気であるがゆえに、能力を生かして働くことができなかった現実を、医師という第三者のことばで告げられたことが、心にささりました。やはり辛い現実なのです。
ともあれ、疲れやすさについて話をしてくることができました。懸案事項であった年金の話もできました。また来週通院です。ちょっと大変だけど頑張ります。
posted by 野々花 at 13:09 | Comment(4) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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