老いの足取りが聞こえる
ひたひた走る足取りが聞こえる
その音に気づきはっと目が覚めた
それは私の足音だった
そこはかとない不安が伝播する
すえた孤独の臭い
凍れる菊
しだいに暮れゆく日の光は弱く
生き物の気配はどこにもあらず
私は旅に出るように
老いるための仕度をする
しだいに暗くなる冬空の下で
生き物の在り処を求め歩く
生涯の灯りをともす
侘しさの中に消え入らぬよう
自らの手でともす
来るべきその時を迎えるまで―
2009年11月24日
老い
2009年11月22日
希望
鈍色の低い空
震える電線
いのちの眠る灰色の季節に
私は生命の声を聞く
私治りたいの
そして学びたいの
固く意志を結ぶ母の手を握る
私治りたいの
好奇心に満ちた瞳
老いたる母には未来がある
苦しみを乗り越えた明るさよ
あなたは老いの侘しさを超え
自分で自分の未来をつくる
私治りたいの―
痛み
ぼくらは皆痛んでいる
慈しみ合うことを知っている
ことばを持たぬぼくらには
互いを想う気持ちが痛い
透き通った心を持っている
柔らかい温かな皮膚をしている
傷つき痛みを感じるために
憐れみ
気遣い
労わりながら
ぼくらはそっと傷をなめ合う
愛し
寄り添い
温情溢れ
差し伸べる手が震えている
ああ 誰かぼくらの涙を拭いて―
2009年11月20日
想像の共同体
温かな幸福に包まれている
緩んだ肉体は武装を知らず
他との境界を持たない
隣り合うすべてが皮膚に優しく
私に向かって語りかける
本当はみな寄り添っているのだ
想像の共同体が私をつなぐ
息づくものたちの宇宙をつなぐ
目に見えぬ命の微弱な連帯
私はもう孤独を知らない―
2009年11月19日
祈りの森
深い深い祈りの森で
私はひっそりと祈る
あらゆるものはすぐ隣にあり
どこにも境はない
満たされた肉体が
柔らかに息づいている
すべては調和し
優しさを身にまとう
私は母になる
万物が飛び立ち
万物が帰れるように
静かに待つ
祈りの森で―
2009年11月17日
非力な者
食べるものがあり
暖かな暖房があり
帰る家がある
それが有り難く
震えながらひっそりと祈る
添う人があり
包む人があり
手を携える人がある
それが有り難く
震えながらひっそりと祈る
当たり前のことが
当たり前にない世の中で
偶然に翻弄される
祈るしかないわたくしは
非力に過ぎる
生き延びんという名の大海に
藁にもすがる人々は数多
ともに浮かぶわたくしには
まだ帰る家がある
運命に慄いて
祈り、憤り、また祈る
この非力な者の哀れみよ―
2009年11月16日
闘病
嵐止む
澄んだ青空に
ひばり鳴き
君の朗々とした声に
ぼくは健康を取り戻す
奇跡の瞬間(とき)
ぼくは笑う
しっかりとした手で
君の手を握り締める
ぼくの心は明朗になる
轟々となる嵐去るたび
何度でも繰り返し君に出会う
その瞬間(とき)を待つ
いのちある限り―
2009年11月14日
朝
あなたの目は小鹿のまなざし
あなたの口もとは貴公子の微笑み
行ってきますと
私をそっと抱きしめる
あなたは柔らかな朝の光
私の洗った衣服をまとい
私の作ったおにぎりを持って
外へ出てゆくあなた
ふたり
すっかり夫婦になりましたね
いってらっしゃい
行ってきます
いってらっしゃい
行ってきます
朝日の昇るように
繰り返し日々を紡ぎ―
2009年11月11日
いのちの日記
ラベンダーの花びら
黒土に零れるごとく
ぽろぽろと涙を流し
息だけをしている
生ぬるい己を憂う
外を見やれば
みぞれ降る大地に
なお生きるものたちがある
青々と茂るイチゴ
凛と咲くカスミソウ
新芽を伸ばすミニバラ
私は小さき者たちに驚嘆し
眼(まなこ)を開いてまざまざと見る
そしていのちの日記をつける
やってくる孤独の季節を凌ぐため―
2009年11月10日
晩秋
畑の土を掘り起こせり
縮んだ大根
腐ったうす赤きトマト
キャベツの芯
我は死せる命を葬れり
土深く眠る幼虫を起こし
畑に迷いし季節はずれのスミレを掘り
イチゴのつる伸びてすでに地に根を張るを絶つ
憐憫の情が次々に生まれる
ああ 小さきものは脈々と生きたり
ラベンダーの花びらがこぼれるごとく
ぽろぽろと黒土に涙を落とし
我は鍬で憐みを掘る
憐みをもらいて生きる己を思う
ああ 胸痛し。


