夢がある。
いつかこの足で旅行をしたいのだ。
地球の歩き方を買ってきては夢を膨らませる。
いつ以来だろう。
夢なんてものを抱いたのは。
まだ自分の街さえまともに歩けないが
今、都市に行くことを想定して街に行く練習をしている。
夫いわく
わき目も振らず、目的地を設定してそこだけを目指し、
帰ってくるまでの道のりを体力に合わせて計画すれば
その人なりの行動ができる、と。
無目的にあちこち見て消耗するのではなく、
最短距離で行きたいところへ向かう。
帰ってくるまでが遠足だよ、との言葉を胸に刻み
夫と二人、休日に練習を繰り返す。
少しずつでも、体力配分を覚え、途中で休憩を挟んだりする。
まだまだだけど、旅行の夢を実現するための工夫を凝らす。
そうしなければ障害という固定した病状のまま
ただ家にいるだけの生活は変わらない。
変えるんだ。
障害者だからと不可能と諦めないで挑戦するんだ。
最近、そんな前向きな気持ちがもてるようになった。
きっと夢を叶える。
2009年07月06日
挑戦する
2009年07月04日
信じる。
この病気を人に理解してもらうことは難しい。
ともに受け入れ直視することもまたしかり。
夫の実家に行ったのだ。
自由に外に出られない私は、普段夫と行動をともにすることもままならない。
子供のいない私たちは二人で自由自適に生活を楽しむこともできない。
「それで夫婦関係は成り立つの?」
心配する義母の直球は痛い一撃だった。
悪いのは病気。
でも悪者は完全に私だ。
一撃が響いて鳴り止まないのはなぜだろう。
私は私。
私たち夫婦は私たち。
強くそう思わなければ、この病気とは闘えない。
今はともに歩む人を信じる以外に救いはない。
いろんなものと闘っていかなければならないんだ、この病気は。
夫婦関係は成り立つの?
ともに病気に立ち向かっている。
二人で闘いながら歩んでいる。
それが答えだ。
2009年07月02日
委ねている
身を委ねて生きることに慣れてきた。
家族のために最低限の家事をするだけの毎日。
自分というものを捨て
あるいは病のために奪われ
家庭人として生きることが
最近あまり怖くなくなったのだ。
自分の力で輝くのが30代だと思っていた。
だが私の運命はそうではなかった。
それでもいいのだ、これでいいのだ。
夫という人に
夫とともにある運命に
身を委ねて流れるままに生きてみようと思える。
運命を受け入れるとはこういうこと。
抗わずにいることに
それほど勇気は要らない。
2009年07月01日
それだけでいい
相も変わらず陰性症状だ。
一日の大半を眠り過ごす。
眠れるということは悪いことじゃない。
体が欲している休息を思う存分与えてやる。
感情は平坦。けれど落ち込むより楽だ。
今日も重い体で最低限の家事とイチゴ摘み。
動いてゆく社会との距離がまたひとつ大きくなる。
ひとりぽつんと部屋に居る。
そして言い聞かせる。
生き急ぐな。
疾走しなくともよい。
やがてやってくる生の終わりに向かって
ゆっくり歩んだらいいじゃないか。
今、焦りはない。
夫との時間を大切に生きる。
もうそれだけでいい。
2009年06月30日
緩む一日
体が少し自由であることを実感している。
絶えず不安・緊張にさらされているこの病気の体が
ゆるんで緊張から解放されている。
こんな日は久しぶりだ。
体が楽なのだ。
億劫さも少しはましで
畑へ出ることができた。
強烈な立ちくらみ。
倒れんとするが畑でふんばる。
イチゴを摘み、咲き終えた花を摘み、
私は再び土に触れる。
体が弱っているのがわかる。
引きこもってばかりいたせいだ。
筋力も体力も衰えている。
たくさんのものを蝕む陰性症状だが
一日でも楽に過ごせた。
こんな日が続けばいい。
2009年06月29日
夫と紆余曲折
家族にも多大な負担をかけるこの病気。
夫はひとりで私を抱えている。
彼は無言で私を引き受ける。
重たいに違いない。この妻の運命は。
私は彼の荷物になっていないだろうか。
陰性症状との日々は、私という自尊心をも蝕んでゆく。
私は妻として、人間として、
魅力を失ってしまったのではないか。そう感じることもある。
だから精一杯の努力をする。
夫の居る休日は洋服にも気を使い、口紅を差す。
億劫でも身なりに気を使うのは夫がいるからだ。
それでも自信がなくなるときがある。
私はもう求められる人間ではないのではないかと。
そんな心配を夫はあっさりと見抜く。
そしてどんなに疲れていても私をやさしく抱いてくれる。
自分の運命などよりも、一番泣けるのは夫の愛情。
たくさんけんかもするけれど。
生きるって紆余曲折。
一生、大切な人と紆余曲折。
2009年06月28日
ひとつの望みで
頑張れ、私。
負けるな、私。
心で声かけをしている。
幾年ぶりかに襲ってきたウツが今の大敵。
「頑張れ」は禁句じゃない。
運命に負けるなと私は言い続ける。
陰性症状は慢性だとか
完治はなく永遠に続くのだとか
それに負けるわけにはいかないのだ。
希望が持てなくても生きる。
それはただひとえに
夫と作った家庭があるから。
ただそれだけの理由で
今、死なないで生きてる。
2009年06月27日
湧き上がる
深い深い腹の底から
泉のように湧き上がるこの感情は何だろう。
怒りでもなく、悲しみでもなく
名前のつかない情動が起こる。
胸のつまるような
出口がふさがれたような
この痛みの正体がわからない。
生きてるとたくさん苦しいこと
あるね。
この病気の正体
陰性症状が進んでいる。
統合失調症が昔、早発性痴呆と呼ばれた所以がわかる。
意欲の減退、集中力、興味・関心の欠如、感情の平坦化。
人間らしい自分が消えてゆく。
もう書けなくなるかもしれない。
この病気の正体が見え始めている。
2009年06月26日
水遣り
日照りが続く。
毎日の水遣りを怠り、作物たちが枯れかけていた。
乾いて死にそうなラベンダー。
葉の黄色くなりかけたきゅうり。
水を遣った。
大根にも、ニンジン、かぼちゃ、ピーマン・・・
花たちにも、みんなに水をやった。
砂漠のような土が黒く染まった。
枯れかけていたのがもうひとつ。
かさかさ音のする私の心。
瀕死の生き物は私そのものだった。
救われた私たち。
じょうろを片手に
みずみずしい感情が戻る。
生きた黒い土を見るんだ。
そこにある命が孤独の淵から私を救い出してくれる。



