ad_poem.png

2008年12月30日

文体の確立

一年が終わろうとしている。

8月にはじめたブログは、まもなく5ヶ月が経過する。
8〜10月は、何か溢れ出るような言葉を、吟味しながら慎重に綴っていたような気がする。そして最近、自分の文体、文章の流れのようなものが出来つつある。

不思議なものだ。
音楽や文学もさることながら、作者を見ずともそれが誰の作品であるかが分かることがある。
それは作者の強烈なスタイルが確立されている証拠であり
そこまで到達する人は稀だ。
そして、定着してまもないブログという新しいジャンルでも、自分のスタイルを極めようとしている人々がいるだろう。
私もその一人だ。
駄作を吐き出すことはしたくない。
次々と消費されてゆくだけの文章は実にむなしい。
油ののった魅力あふれる文章を試み投稿する。それに尽きる。
文体の確立。
これが来年の抱負のひとつだ。

posted by 野々花 at 10:32 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月27日

幸せの時間

最近、休日に夫とふたりでパンを焼くようになった。
自家製食パン。
本を見ながら材料を量り、混ぜては

「こんな感じかな」

パン作りで一番力を使うのがこねる作業。これは夫の分担だ。
私はもっぱら下準備や後片付けの脇役。
こねる、こねる。そして発酵させ、膨らむパン生地を眺めては

「ほらこんなに膨らんできたよ!」

そんな時間がとても愛おしい。
おいしいパンを目指してふたり、あれこれ試行錯誤する。
ついでにクッキーも、と趣味らしきこの作業は広がりをみせる。

おそらく一生、この場面は脳裏に焼きついて離れないだろう。
いい笑顔を見せるふたりの姿を私はきっと忘れないと思った。

posted by 野々花 at 15:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月26日

力仕事

大雪だ。
朝から横殴りの雪が降りしきる。
玄関を開けたらドアが開かない。
夫が出勤した後、私は一人で雪かきをした。

この病気はある程度落ち着いた頃、肉体労働に耐えられるようになるものなのだろうか。
頭脳労働は難しくても、私はこの雪山をママさんダンプで片付けることができる。
もともと筋力が発達しているせいか、雪かきに限って夫よりもスタミナがあるのだ。

力仕事は気持ちがいい。
労働しているという生きた実感が持てる。
本来人間がしていたはずの手と足を使った肉体労働は
私にとってよいリハビリとなる。

しかし難しいものだ。
肉体労働なら何でもできるというわけではない。
病気をしながらも簡単にできてしまうことと、病気のためにできないことの一つ一つがこんなにも違う。
分類すら難しい。できること、できないこと。
それを見極めながら病気と付き合ってゆくのだろう。

大雪の北海道より。

posted by 野々花 at 14:12 | Comment(3) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月23日

ありのままを

一定の価値基準が合い、尊敬できる部分があれば
あとは丸ごと受け入れる―

夫への接し方だ。
理想の夫像など持ち合わせていない。
こうであってほしい、なぜこうしないのだろうと
理想からはみ出た部分を挙げつらえば不満の塊になる。

性格の偏りも、癖も、すべて個の多様性として受け止める。
だから好きなところはあっても、嫌いなところは自然とない。
もっとも、どうしても受け入れることのできない部分があったと
すれば、はなっから結婚などしていないが。

夫を無条件に受け入れる。
母親が赤子に対してするように。
偏った部分は上手く補い、良いとところはそっと背中を押して
伸ばしてあげる。
私はそんな風に夫を愛しんでいる。

夫を横に、しんしんと降る外の雪を見ながら
そんなことを思った。

posted by 野々花 at 13:31 | Comment(3) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月22日

クリスマス

クリスマスツリーの形をしたカードが届いた。
お姑さんからだ。
私が子どもを産めないことがわかり小騒動になった後も
嫁入りした当初と変わりない温かな応対をしてくれる。
さりげないアクセサリーのプレゼントなど
折を見て遠慮がちに親切心をくれる。

距離感―
嫁姑のそれは特に難しいものかもしれない。
まして病気のために孫の期待を裏切ってしまってはなおさら。
けれど彼女は適当な距離感をとることのできるスマートな人だった。互いに邪魔をしないよう、負担をかけないよう、かといって疎遠にならない。そんな関係がつくれるお姑さんを、心から素敵な人だと思う。

クリスマスか・・・
仕事の手を休め、カードのメッセージを眺める。
私も書こうかな。お返事のカード。
まだクリスマスに間に合うかもしれない。

posted by 野々花 at 14:05 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月21日

仕事

仕事の打ち合わせを終えたのは二日前。
勝負はもう始まっている。
五日連続走るのに備えて、しっかり週末を休むのも仕事のうち。
報酬を断ったとはいえ、積み上げてきた信用と実績を裏切ってはならない。
この身体で続くのか?
空気が張り詰める。
いや、今はいい具合にピリッとしている。

人には天職というものがあると思う。
適材適所。本来職業とはそうあるべきだ。
何でも良いのだ。そして、報酬を得るだけが仕事でもない。
自分が何に向いているのか、それは選ぶものではないと思う。
仕事は自ら創り出し切り開くもの。そう思っている。
私が天職と思える道を歩いてこれたことは幸運だった。

病気を抱えて自由に挑むことは難しい。
ただ、誰にでもいえることだが、挑むべき時機を見極めること。
それが肝心だと思う。

posted by 野々花 at 08:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月20日

久しぶりに

水を得た魚のように嬉々とした。
心が弾んだ。
不安と緊張。
そうだ、この心地よい緊張感を思い出した。
仕事の依頼を受けたのだ。
無償の仕事。
でも私の専門知識を最大限に活かせる素晴らしい案件。
チャレンジしてみよう。
家で出来る仕事だから。
ほんの少し頑張ってみよう。
身体がギブアップするまで。
無理をするな。わかっている。
家庭を壊すな。わかっている。
今、こんな病気を抱えた自分になお信頼を寄せてくれる
依頼主の教授に感謝しよう。

posted by 野々花 at 09:00 | Comment(13) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月18日

妻の役割

男はいつも、妻に笑っておかえりなさいを要求する。
ご飯を作り、包むような優しささえ持ち合わせていれば
男はそれで満足する。
男はいつも、自分だけが戦士だと思っているから。
妻がどれほど自己の存在意義に苦悶しようとも
それを見たくも、聞きたくもないのだ。
苦悶の女は、一番醜いのかもしれない。
女とて人間であることは変わらないのに
何が不満なのかと不思議がる。

私は何と戦っているの?
説明は容易くない。
統合失調症は、あまりに多様で仔細な表情をもつ。
何も出来ない、することが見つけられないということが
戦闘する男たちより楽をしているといえるだろうか。

ご飯を作って優しくおかえりなさいということが
妻の、主婦の絶対的使命であるならば
この仕事はなおさら、「仕事」といえるのじゃないか。
自らの苦しみの訴えを優先させることをせず
ぎりぎりで働く夫を支える妻は、その意味でシビアだ。

posted by 野々花 at 08:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

櫂を持って

探しているのだ。
夫の帰りを待つだけに成り下がった自分を取り戻しに
新しい自分を創ろうと必死に模索している。
とうに失ったものを思い出すのではなく
今、自分の手の内にある貝殻のような破片を集めて
まだおぼつかない櫂を持ち、舟を出そうとしている。
この舟は小さい。
だが、孤独の海に出ることは怖くない。
孤独は寂しさでも、悲しさでもないのだ。
ただ温かく、包むように私を迎えてくれる。
櫂を持ち、その時をじっと待っている。

posted by 野々花 at 08:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月17日

孤独2

今味わう孤独が心地よい。
凪いだ夜の海のように、深くて静かだ。
寂しさにおぼれていた時代は遠い。
温かいこの夜は、私を包む夫の手かもしれない。
不安がやんでゆく。
深く内側へ向かう魂が、安堵と信頼を知っている。
たった一人の伴侶がいる。
その大きな安心が、社会から隔絶を強いられるわが身を
寂しさのかたまりから救ってくれる。

そして頭脳の奥深くにはまだ見ぬ広い世界がある。
無尽蔵の知の泉を目指して、私はひとり深海を行く。

内的であること。
それは閉じこもることとは違う。
いずれ開かれた世界へ発信する準備なのだ。

逃れようもない孤独が、いつの間にか友になった。

posted by 野々花 at 09:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月16日

孤独

孤独に慣れようとしている。
夜の暗い海。
波が岸にぶつかる音が聞こえる。
寂寥の音ではない。
うごめいて、生きていることを合図するのだ。
小さな、少しの不穏を湛えた波が私の鼓動。
岸辺には誰もいない。
舟たちは主人を知らず眠っている。
もしかしたら雲間の月光が彼らの眠りを邪魔するかも知れぬ。
私はひっそりと音を立てずに岸辺を歩く。
心がこれ以上波立たぬよう
ゆりかごを揺らすように、そっとなだめ歩く。
月が時々顔を出す。
道しるべはそれで十分だ。
私は歩いてゆける。
波をぴしゃぴしゃと足に打ちつけて
不安の鼓動をなだめながら歩いてゆく。
海よ。
広大なあなたがなだらかな地平を保つ限り
私は歩いてゆけます。
月明かりが私の道しるべです。
暗い海の淵を歩いてゆきます。
孤独とは何と暗く、温かい。

posted by 野々花 at 17:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月15日

不安の海

海が波立っている。
不安の海だ。
舟人はまだ行方を知らぬ。
希望の路もおぼつかぬ。

この大きな海に揺られ、ただ時を待つ。
波に身をゆだねて、その時を待つ。

激情の河口から来た水も
皆彼の地平で凪いでいる。

不安の海よ、なだまれ。
今櫂を動かしてはならぬ。
ひたすら、待つのだ。
その時が来るのを。

posted by 野々花 at 16:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

いつまで

寂しいというその一言が言えないのだ。

心もとないと言ってしまえば本物の寂しさになる。
夕日が確実に落ちてゆくように、つのる。

独りだということ。

人との接触が大きなストレスを生むこの病。
自ら離れてゆく作業を繰り返す。
今日も誘いを断った。
また一つ社会が遠のく。
夫しかいない。こんな時期はいつまで続くだろう。
数十年?一生?

ドキドキする。
本当にドキドキしてとまらない。

posted by 野々花 at 16:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月14日

渚にて

凪いでいる。
ほの暗い海の波のように
自らの心臓の鼓動が聞こえる。

静かな夜。この夢路は細い。
開いては、閉じ
閉じては、開く。 
縫うようにひたひたと、この波間を行く。
温かい、希望の路。
波が私を諭す。
身を削り走ることをしないよう。

心が凪ぐ。
私の心がほの暗い海とともに和んでゆく。

posted by 野々花 at 18:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月13日

心の海

もう頑張らなくていいんじゃないか―

自らの心から湧き出てきた声。

身を削って一心に向かわず、穏やかに生きることは難しい。
けれど今、内側、外側からやってくる刺激をなだめて
僧侶のようなたたずまいで在れるかもしれないと思った。

在れるんじゃないか。今がそうだ。
今この瞬間、暗い海の水面をなでるように
温かく、ほの暗い時間を延ばしてゆく。

少しずつでいい。
段々と長く、心の海をなだめて。
なだめて。

posted by 野々花 at 21:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月12日

母親と私

ある方からのコメントを読んで、自分の母親を思い出した。

60代の母は、成績優秀な高校生の頃、父を亡くし
経済的理由から、就職せざるを得なかった人である。
それでも、どうしても勉強がしたいと周囲の反対を押し切り
銀行員を辞めて自力で進学した。
その途中、無理がたたって結核に。大学卒業とともに結婚。
学業への無念は家庭を持った後も延々と続いたという。

母と子、似た運命を辿っているなと思う。
そして人はやり遂げられなかった何かを抱えて生きてゆくものなのかもしれない。
母は今、満たされているという。
どうして?どこで折り合いをつけたの?
子どもを育て上げたという達成感とともに、ラジオ講座を聴いて知的欲求が満たされているのだと。

私は子どもを望めないけれど
いつかどこかで折り合いをつけてゆくのだろうと思う。
それまで何年かかるかわからないが、
この葛藤はいつか収束に向かうのだろう。

今苦しむこと。それが生きている証でもある。
悩むこと。それも生きている過程なのだ。

外は粉吹雪が舞っている。
もうそろそろ根雪だ。

posted by 野々花 at 10:01 | Comment(4) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月11日

就労

精神疾患のため就労能力を得ず社会で働くことの出来ない人と
食べてゆくために必死で働かなければならない人では
どちらがまだ楽ですか―

そんな問いを立てることは無意味だろうか。
前者は後者の苦労を知らず、その逆も然り。
そうではないのか。

わずか30歳にして年金生活を余儀なくされることの悲しみは
働く厳しさとまったく異質のもので
この厳しい労働市場の最中にいる人に
この悲しみを理解しろと言うほうが無理なのだと
そう思いたい―

そして、就労能力がありながら職がない人と
就労能力がないために社会に出られない人は
ある種似ている。
無念であるということ。
チャンスさえ与えられないということ。

家でのんびりして年金もらえる私が苦しいと訴え
それが高望みでわがままだと人はいう。
魂がこんなに叫び声を上げても

私は贅沢なだけなのだろうか。
この悲しみはただの甘えなのだろうか。

posted by 野々花 at 14:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月10日

自分の役割2

だめだ。
自分の役割などわかりきっている。

家事をし、小康状態を保ち、夫を支え、親兄弟と円満にやる。
これ以上でも、これ以下でもない。
笑顔でおかえりなさいと言えればいい。
親兄弟に電話をしては、元気だよ、と言えばいい。
それが皆を安心させ、平穏が保たれるからだ。

不自由な心身が叫びをあげている。
かくも平穏な生活があるのに、何故これ以上のものを求める?
満たされているはずだ。 そして高みへのあくなき欲求が、沢山のものを犠牲にしてきた事実があるというのに。

何故、求めるのだ。
これ以上何を求めるのだ。

私の魂が叫びをあげている。
何がそんなに不自由なのだ。

posted by 野々花 at 17:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

人の役割

SONYが1万6千人のリストラを行った。
世界的金融危機の波が足もとまで押し寄せる。
サラリーマンの夫共々、不安がつのる。

こんな時に、私はいったい何をしてるのだろう。
やっと休むことを覚え始めた矢先。
「のんびりなどしてられない」
しかし、できることは家事くらい。
この身体は労働に耐えられない。

「人にはそれぞれの役割がある」
『篤姫』にそんなセリフがあった。
結局は自分にできることをやるしかないのだ。
健常者とて皆そうだ。

まずは、恵まれていることに感謝せねば。
今は専業主婦と療養にいそしむ環境にある。
焦る。
けれど、夫を支えるという役割だけでも全うしよう。
そして私の役割とは何か、もう一度考えてみよう。

自分の本当の役割。
どこかにあるはず。
いや、あるものではなく、見出すのだ。

posted by 野々花 at 08:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2008年12月09日

主婦の生活

こつこつと鍛錬して、何かを積み上げる生き方を
変えられるかもしれない。

研究はもう出来ない。脳が無理のサインを出している。
対価をもらう知的労働も出来ない。それがわかる。
その代わり、専業主婦という不慣れな生き方に
慣れるかもしれない。

常に高みを目指す生き方から、日々を穏やかに過ごす生活へ。
統合失調症を病む以上、パラダイムを転換しなければならない。
意識の変換を図ろうと、日々悩んだ。生易しいことじゃない。 
けれどやっと今
専業主婦という新しい生活に転化できる気がしている。

小春日和。
人生が少しづつ動いてゆく。

posted by 野々花 at 12:47 | Comment(6) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。