ad_poem.png

2009年06月30日

緩む一日

体が少し自由であることを実感している。
絶えず不安・緊張にさらされているこの病気の体が
ゆるんで緊張から解放されている。
こんな日は久しぶりだ。
体が楽なのだ。
億劫さも少しはましで
畑へ出ることができた。

強烈な立ちくらみ。
倒れんとするが畑でふんばる。
イチゴを摘み、咲き終えた花を摘み、
私は再び土に触れる。
体が弱っているのがわかる。
引きこもってばかりいたせいだ。
筋力も体力も衰えている。

たくさんのものを蝕む陰性症状だが
一日でも楽に過ごせた。
こんな日が続けばいい。

posted by 野々花 at 06:58 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月29日

夫と紆余曲折

家族にも多大な負担をかけるこの病気。
夫はひとりで私を抱えている。
彼は無言で私を引き受ける。
重たいに違いない。この妻の運命は。
私は彼の荷物になっていないだろうか。
陰性症状との日々は、私という自尊心をも蝕んでゆく。
私は妻として、人間として、
魅力を失ってしまったのではないか。そう感じることもある。
だから精一杯の努力をする。
夫の居る休日は洋服にも気を使い、口紅を差す。
億劫でも身なりに気を使うのは夫がいるからだ。
それでも自信がなくなるときがある。
私はもう求められる人間ではないのではないかと。

そんな心配を夫はあっさりと見抜く。
そしてどんなに疲れていても私をやさしく抱いてくれる。
自分の運命などよりも、一番泣けるのは夫の愛情。
たくさんけんかもするけれど。

生きるって紆余曲折。
一生、大切な人と紆余曲折。

posted by 野々花 at 07:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月28日

ひとつの望みで

頑張れ、私。
負けるな、私。
心で声かけをしている。
幾年ぶりかに襲ってきたウツが今の大敵。
「頑張れ」は禁句じゃない。
運命に負けるなと私は言い続ける。
陰性症状は慢性だとか
完治はなく永遠に続くのだとか
それに負けるわけにはいかないのだ。
希望が持てなくても生きる。
それはただひとえに
夫と作った家庭があるから。
ただそれだけの理由で
今、死なないで生きてる。

posted by 野々花 at 10:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月27日

湧き上がる

深い深い腹の底から
泉のように湧き上がるこの感情は何だろう。
怒りでもなく、悲しみでもなく
名前のつかない情動が起こる。
胸のつまるような
出口がふさがれたような
この痛みの正体がわからない。

生きてるとたくさん苦しいこと
あるね。

posted by 野々花 at 13:56 | Comment(4) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

この病気の正体

陰性症状が進んでいる。
統合失調症が昔、早発性痴呆と呼ばれた所以がわかる。

意欲の減退、集中力、興味・関心の欠如、感情の平坦化。
人間らしい自分が消えてゆく。
もう書けなくなるかもしれない。

この病気の正体が見え始めている。

posted by 野々花 at 07:53 | Comment(5) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月26日

水遣り

日照りが続く。
毎日の水遣りを怠り、作物たちが枯れかけていた。
乾いて死にそうなラベンダー。
葉の黄色くなりかけたきゅうり。
水を遣った。
大根にも、ニンジン、かぼちゃ、ピーマン・・・
花たちにも、みんなに水をやった。
砂漠のような土が黒く染まった。

枯れかけていたのがもうひとつ。
かさかさ音のする私の心。
瀕死の生き物は私そのものだった。
救われた私たち。
じょうろを片手に
みずみずしい感情が戻る。

生きた黒い土を見るんだ。
そこにある命が孤独の淵から私を救い出してくれる。

posted by 野々花 at 07:09 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月25日

価値

こんな私でも生きている価値があると気がついた。
こんな病気で何もできない私でも価値がひとつ。
夫が私を認めてくれる。
だからただ息をしているだけのような生活でも
夫ゆえに私はこうして在っていいのだ。
存在を肯定してくれる人がいれば
それだけで生きてゆける。

長い陰性症状。
一生かかっても耐えてみせる。
永遠ということばに絶望しているときじゃない。
一生涯、耐えてみよ。

posted by 野々花 at 11:30 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

運命

初めて運命というものを感じた。
精神障害を負った自分の運命を
憎んだ。
目に見えないものと闘っている。
人の目にも、自分の目にも見えない
脳の障害。
涙がこぼれる。
抑えつけている心のどこかが
悲鳴を上げている。
乗り越えられる障害なら
耐えることができる。
けれどもし
これがずっと続くものなら
どこに希望を求めればいいだろう。

幸せが、家庭にある。
だからかろうじて、生きている。

posted by 野々花 at 11:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月24日

待つ女

忠犬ハチ公のように
夫の帰りを待っている。
意欲も集中力も奪われる陰性症状のために
待つ以外にすることをみつけられない。
太陽がさんさんと照りつける中
永遠という言葉に絶望する。
ずっとこの症状がつづくのだ。
障害を負ったとはこのことだ。
精神の不自由。
ただひとつ、愛する夫が帰ってくるという希望。
私はこの一縷の希望を抱き、膝を抱えて丸くなる。

ジャガイモの花が揺れている。
それをただじっと見ている。
悲しき夕日が暮れるまで―

posted by 野々花 at 12:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月23日

軌跡

何かを残そうとしている。
命の軌跡を残そうとしている自分がいる。
明日死ぬわけでもあるまいに
今日生きた証をこの世に刻んでおきたいと願う。
この今日はもう二度とやってこない。
感じ、考える私がここにいたことを
誰が知ろう。
悩み、苦悩する私がいたことを
この広い世界の
誰が知ろう。
人間はひとり。
だから命の痕跡を残したがる。
いや
何も結果を生まない生活に慣れていないだけかもしれない。
目に見える成果を生まないこの生活が私を焦らせているのだ。
耐える力がほしい。
証など残さずとも生きている手ごたえを感じたい。
そうだ
土に触れるんだ―

posted by 野々花 at 18:05 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月22日

ゆるやかに歩く

いつのまにか
研究という世界から遠ざかっていた。
それはごく自然のなりゆきで
執着を失った自分がいる。
これまで積み上げてきたものを
ゆっくりと
ゆっくりと
手離し
次の人生を歩んでいることに気がつく。
断腸の思いなどではなく
ただ自然と遠ざかっていった。
そうやって
ゆるやかな時間の流れのなかで
人は道ならぬ道を歩いてゆくものかもしれない。

幻聴の後。
消耗した身体を横たえる。
こうしている間も
私はどこかへ向かっているのだろう。
ゆくべき道を歩いているのだろう。
そうとも知らずに―

posted by 野々花 at 17:22 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月21日

空想と幻聴

幻聴の声は自分の脳が作り出す想像の産物だ。
自分の考えが有声化して聞こえたり、複数の人物が会話する。
では、声という脳の想像の産物はすべて幻聴なのか。

誰しも何かの場面を思い出すことや思い描くことがある。
会話のシーンが登場することもあろう。
思考もまた、頭のなかで音声化することがある。
どこまで空想で、どこまで幻聴なのか。
その境界が今わからない。
「えーと、これは確か・・・」
「そうだな、うん、そういえば・・・」
逐一相づちからすべて有声化するのはどうなのだろう・・

そこで私は声が幻聴であるか否かをこう判断しようと思う。
その声が自分の意志で止められなくなったり
苦痛を伴うとき、それは幻聴。
自らの意志でストップできるならただの空想。

両者の境目を判断するのは渦中の人間には難しい。

posted by 野々花 at 21:09 | Comment(6) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月20日

最後の砦

病気が辛いと思いました。
こんなに正直に思ったのはしばらくぶりでした。
声を振り絞るような嗚咽がとまりません。
けれど
どんな苦しいときもいつも寄り添ってくれるのは夫。
最後の砦はいつも夫。
それだけが救いなのです。

posted by 野々花 at 20:19 | Comment(4) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

陰性症状

無気力と戦っている。
意欲なく何も手につかないという
長い長い症状と向き合っている。
秒針が確実に進んでゆくのを
ただ見ている。
不自由な精神。
身体はこんなにも自由に動くのに
何もできないというこのストレスを
いかんともしがたく地団駄を踏む。
どうしたらいいの。
こんな毎日をどうしたらいいの。

posted by 野々花 at 09:49 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月19日

気づきの体験

木陰に猫が丸くなっている。
ポピーの花が満開を迎えている。
コンビニに行く途中、様々な風景がみえる。
柔らかな日差し。
気持ちまで優しく和やかだ。
きっとこれが幸せなのだ。
生き方に悩み右往左往するのは病気の苦しみのせい。
生活を変えたいなんて、辛い焦りからなのだ。
住む家も、大切な家族も、温かな人々もいて
今日は幸せなのだと心から感じることができる。
また病んだ日には悩むだろう。
だからこの気持ちを忘れずにいよう。
焦ったときは初夏のやさしい日差しを思い出そう。

posted by 野々花 at 11:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月18日

価値観を変えるとき

畑をはじめたことは私にとって大きな収穫だった。
今日も作物をひとつひとつ見ていると
きゅうりの茎には固いとげがあると知った。
そしてツルがくるくると自然に支柱に巻き付いている。
イチゴもツル植物だ。
単純な、でも嬉々とした発見。
ジャガイモは花を付け始めている。

こんな生活がいいのかもしれないと思うことがある。
畑と家事をやって夫の帰りを待つ生活が
何よりも幸せなのかもしれない。
ただ陰性症状が出ているとき、思うのだ。
変えたい、この生活を。
時間だけが過ぎてゆくようなこの生活を変えたいと。
でもそれはきっと違う。焦りなのだ。

ゆっくりと流れる時間の中で生きる練習をしなければならない。
慣れるまで時間がかかるにせよ。
生き急いできたのかもしれない。
植物たちを見てそう思った。
人生に成果ばかりを求めてきたから。
今はきっと、そんな価値観を根本から変えるときなのだ。

posted by 野々花 at 10:17 | Comment(4) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月17日

無邪気

甘くざらざらした食感。
子供時代を思い出す綿飴。
焼きそばもりんご飴もそのままだった。
祭り。
こどもが金魚すくいをしている。
ひしめく屋台は
変わらぬ昭和のにおいを漂わせていた。
無邪気に綿飴を買ってもらうと
夫の横でちぎって食べた。
「たこ焼きと焼きそばどっちがいーい?」
好きなほうを買いなさい、と今日は夫がお父さん。
はしゃいでは人の波に飲まれ
夫の腕を必死につかむ。
離人感を覚えながらも
祭りを楽しんだ。
大好きな綿飴。
私が喜ぶ姿に夫は微笑んでいた。
無邪気な自分がいた。
子供時代の自分がいた。
昭和がデジャヴのようにだぶって見えた。
二度と戻れないあの幼少の頃。

posted by 野々花 at 12:57 | Comment(3) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

決意

結局
人間は独り。
どんな愛する家族がいても
どんな絆で結ばれようとも
人間は独り。
生きて、震えて、死を覚悟するのも
一個と天の事柄に過ぎぬ。
誰かと心の交流をすれば
そのひとかけらを大切にするがいい。
所詮
そのひとかけらほどのものなのだ。
結局人間は独り。
これは失意ではない。
決意だ。

posted by 野々花 at 08:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月16日

昨日の雨で柔らかくなった土が手にまとわりつく。
太い雑草の根を引き抜き鎌で刈る。
緑の絨毯。
露をつけたスギナがクリスマスツリーのように光っている。
雑草に混じって草花が咲く。
紫露草、コスモス、名も知らぬ花々・・
私は小さな命を順に摘み取る。

ざくざくという鎌の音を聞いていると
死神の鎌を思い出す。
あれは小麦だったか。
運命の選択と死。
死神に似て
私は選び抜いた野草を摘み取る。
運命を背負うのはいつも私のほうだのに。
刈り取られるのを待つのは私のほうだのに。

鎌を持ち運命に身をゆだねて生きる、この頃。

posted by 野々花 at 08:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村

2009年06月15日

祭りの後

染み入るように霧雨が降る。
肌寒い6月の夕暮れ。
休日の終わりを名残惜しむ。

口の利けない犬のように
主人の帰りを待つのが私の仕事。
精神と身体の不自由がそうさせている。
待つことはかろうじてできる。
秒針を数えては目を閉じる。
それを繰り返すのだ。

外はぽつぽつと地面が揺れている。
雨音は聞こえない。
この家は静かだ。
雨がふっていることさえ
耳で確かめることはできない。
耳で確かめられるもの。
それは現実が静かであること。
内的な声がしないこと。
それは安心であり、平和である。

祭りの後。
明日が来る。
雨が上がれば畑へ出よう。

posted by 野々花 at 07:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 統合失調症へ応援してくださる方クリックお願いします
にほんブログ村
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。