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2009年10月30日

寂寥

薄暮の頃
無言で床に臥す
ひとりの病身の女
宙を見つめ
この世にいくつの寂寥があるだろうと
考えながら。

寂しいと口にしなくても
いつも後からついてくる。
そして歳月ばかりが川のように流れゆく
女を連れて。

寂寥は病身の性なのだ
ただ世を忍び
やり過ごすという
弱き者たちの集いの場なのだ。

寂寥よ
落日とともに落ちゆけ
病者にこれ以上の悲しみは要らぬ。

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2009年10月28日

老いたる母の柔らかな笑顔見たり。
精神を病んだ娘と並び
写真にぱちりと納まった
あどけない笑顔。
その肩にいかばかりの重荷を背負ったろう。
いかばかりの嵐の夜を耐えたろう。
母よ
娘を守り続けたあなたは今
安堵して小さく笑う
闘い抜いた末にかわいく笑う
母よ
安らかにあり給え。
父のふところに抱かれ
子のように嬉々としてあり給え。
強かりし母よ
優しいまなざしの先に
希望携えるあなたの娘がいる。

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2009年10月26日

別れ

何の学もなく
何の勲章もなく
ただ畑に転がっている
腐ったトマト。
それは僕だ。
夕闇の畑に捨てられた
熟れそびれたトマト。
それが僕だ。
人間の傲慢と私欲に荒らされた命
在りし日はそう遠くない。
僕は丸くごろごろとしたおまえを持ち上げる。
冷たい皮膚と硬い果皮。
僕たちはこうやって残骸となった。
僕たちはこうやって果てを迎えた。

しかしこの冷たい命はやがて土に帰り
翌年にまた花をつけるだろう。
僕はただ一直線だのに。
矢印は向こうを指し
僕だけは行かねばならない。

熟れそびれたトマトよ
僕は晩秋の土へ帰するおまえに
別れを告げる。
僕は行くよ
どこへ行くとも知らねども。
それが運命だから。
それが任務だから。

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2009年10月25日

火災報知機

しばし沈黙しなければならぬ。
私の内側で火災報知機が鳴りっぱなしなのだ。
興奮の火花散り
頭の中が煌々と燃焼して止まない。
しばし沈黙しなければならぬ。
病んだ青い炎が消えるまで―

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2009年10月24日

眠り

蛾のように眠りこけて
起きては川面のサワサワするように
頭の中ざわめいて
ここはどの世だろうと問う。

病身を傾けて言葉をつむぐ。
この身の一切を傾けて詩をつむぐ。
それしか残されていない
この精神病者。

錠剤4つと散剤を紅茶で流し込み
この体には価値がないと
グラスを置く。

どうして人間らしい生活ができぬのか。
そんなことを誰に憤るというのだ。
ただその時
この間見た美しい銀色の川面が
涙に似ていると思い手が止まった。
美しいものは皆涙に似ている。

そしてまた蛾のように眠り込む。
この次目を開くときには己にも役割があると信じ―

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2009年10月23日

潮のにおいをかぎながら
まだ見ぬ日本海へ向かって走る。
裸の地球
鼓動する地球
荒れ狂う波間にウミネコが舞う。
ひとり走る。走る。
そして
ぼうぼうと鳴る潮風に抱かれ
安堵する。
この海を前に
孤独はなんと温かい。

ありったけの孤独を
抱きしめる。
ありったけの不安と悲しみを。
海鳴りが私を慰める
乳飲み子のように泣いている私
潮風に抱かれ
波のゆりかごにあやされて―

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2009年10月22日

帰宅

これから帰るよ

電話の声に安心する。
炊飯器のスイッチを押し
味噌汁に火を入れる。
空腹を通り越して夫を待つ。
あなたの必死を思えば待てる。

ひっそりと夕方を過ごした
一人きりの居間に
玄関に明かりを灯す
夜遅く帰る人のために。

待つ人がある。
それだけでいい。

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2009年10月21日

小さき者

小春日和に命を得て
濃い紫色のすみれ一輪、二輪咲く。
雑草に混り思わず踏みつけられそうになる
はかなくさりげない花びら。
こちらには季節はずれの白いイチゴの花が一輪。
秋はそんなにも春の陽気に似ているか―

そっと咲いているか弱き君たち。
私は君たちの秘密を守ろう。
君たちのはかない命の在りかを誰にも言いはしない。
だから生き延びよ。
太陽の光弱まり
空気の凍り
雪のさらさらとかぶるまで。

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2009年10月20日

病身

一人きりなのに頭の中がにぎやかに鳴って
一人きりなのにまるで雑踏の中にいるようで
だから寂しくはないのだけれど
それがわかる自分が悲しい。

翻訳の依頼に応じた。
とても喜ばれた。
頭の中はさらににぎやかに鳴ったけれど
人の役に立てたことが嬉しいからよしとする。

昏々と眠った。
起きては眠り、眠っては起きた。
重たい身体。
もう問うことはしない。

どうして私病気なの?

問うたら涙が落ちる。

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2009年10月19日

紅葉

真っ赤に燃える紅葉。
命の終わりにあらん限りの力ふりしぼり
朱の色さんさんと舞う。
枯れかけた葉の蝶の羽のごとくさわさわと身を震わせ
風に泳ぐ。

我、終わり行く命の声を聞く。
色素飛び散らし果て行く彼らの絶唱を。
死の間際にかくも美しい姿現す。
これ生き物の習いかも―

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2009年10月18日

日曜の朝

コーヒーを入れる。
湯気がポコポコ音を立てる。
新聞をめくり
パソコンの電源を入れる。

君とふたり家族。
君とつくった平和が温かい。
ありがたき幸せに祈る思いして
移ろう秋の空を見やる。

今日は雨が降らないようだ。
もうぱらっと降ったみたいよ。
君がうなずく
君が安らう。

ふたりひっそりと棲息す。
日曜に
あたりまえの朝を抱きしめ―

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2009年10月17日

移ろう季節

夏の残骸。
微動だにせず立つ菊。
赤くなりきれなかった畑のトマト。
白く花咲くパプリカ。

秋に空に舞うもの。
揺れる背高きコスモス。
ラベンダーの紫。
ダリア。

凍れるように空気が澄む。
時が移ろい
無言の冬に向かって
命のバトンがつながれてゆく。

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2009年10月15日

貧しきものたち

弱きものも生きている。
かろうじて生きることを許す世の中である。
弱きを助けるは表向き。
その表向きによってかろうじて生き延びる。
強者も明日は転落の身。
果てはその手にぶら下がる。
そうして憤慨するのだ。
弱きものがこんな仕打ちにあってなんたることよ。
そうして見えなかったものが見える。
転落しなければ知りようもない弱きものたちの視線が。
うごめき
しきりに声を出し
訴え
そのさまは地に這う虫に似る。
しゃがまなくては見えるはずもない。
弱きものは底なしに弱く
強きものは天高く強い。
両者移り変わりてようやくこれを解す。
人間はそうしなければわからぬ。
畢竟想像の貧困なのだ。
貧しきものたちの集まりだ。
この世の中は。

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2009年10月14日

社会へ

寒くもなく、
凍えもせず、
ただ震えている。
恐怖のために。 
慄くとはこういうことだ。
胸の高鳴りが全身に響く。 
おまえはそんなに社会が怖いか。
おまえはそんなに臆病なのか。
捕らえられたウサギのように
身を丸めて縮んでいる。
自分が哀れで仕方ない。
障害者というレッテルを貼る。
それによってのみ正当化する。
そうでなければ説明がつかない。
人をみて髪の毛の逆立つ思いをする所以など。
無理にでも出てゆけ。
人に会うことに手をこまねくな。
さもなくば社会が本当に怖くなる。
どこへも出て行かれなくなる。
頑張れよ、おまえ。
凍てつく冬はまだ早い。

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2009年10月13日

妄想の風景

そして老いが怖いと慄くのだ。
時を刻む秒針が刻々と迫り来る。
私はその音を聞く。
老いに向かって警鐘を鳴らすその音を。
生への脅迫。
そうだ。
私にだけ向かってくる脅威のしるし。
秒針が轟くように響きわたる。
それは妄想だよ、
もう一人の自分が言う。
きっと疲れているのだ。
この脳の異常は本当ではないのだ。
しかし
まだ聞こえる。
競走馬が突進するがごとく
刻々と私に向かってくる足音が。
私の魂は狂気と正気のうちに揺れ動く。
そして床に倒れ臥す。
遠く
どこかで鳥が鳴いている―

posted by 野々花 at 17:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2009年10月12日

幻覚の風景

イメージとことばが錯綜する。
目と耳がいつにない興奮をみせる。
飛び交う言葉。
飛び散る色彩。
まるでお花畑だ。
この内的世界はだれにも伝わらない。
ただいちめんの美しいこのお花畑。
そこにあるのは私ひとり。
人はそれを幻覚という。
恍惚のさなか、私の精神が崩れゆく。
さながら日がひとりでに暮れてゆくように。
崩れて行く。
ひとりでに。
私を置いて―

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2009年10月11日

作業療法の目的

なぜ作業療法に通うのか。
治療の目的を主治医に確かめた。
先日私が作業療法に通うことを強く勧められたからだ。
ひとつには、外へ出ることに対して抵抗をなくすため。
というのも、統合失調症患者は病気が長くなればなるほど億劫さが増し、引きこもりがちになってしまうからだという。
もうひとつは、社会から遠ざからないため。
長く患っていると世間がおっかなくなり、やがて社会へ出てゆけなくなってしまう可能性があるという。
私は陰性症状が主たる症状になって二年近くが経つ。
確かに、早く社会復帰したいと焦る時間から、しだいに「できるならこのまま家に引きこもって暮らしたい」と守りの姿勢に入る時間が長くなってきた。これは自分からみても良い兆候ではない。健常者との会話に圧倒されきちんと話せないときさえある。
主治医いわく、規則的に外へ出て活動する機会があるなら必ずしも作業療法に通わなくてもよいのだという。しかし週末に夫が外へ連れ出してくれるのではいけない。
「ご主人は『世間』ではありません」
作業療法の目的はおおむね理解した。
さて、通うかどうか。
結局、先日の主治医との面談では保留となった。
作業療法に通うのが億劫であるのと、なにかしら社会との接点を自ら見つけられないだろうかと模索しているからだ。
できることなら、実社会との接点を細々と持てればいい。それがみつけられないとき、作業療法を選択しようと考えた。
作業療法は行き場のない人たちが集まる場所。そんな拭いきれぬ一抹の偏見を胸に抱きながら―

posted by 野々花 at 18:48 | Comment(6) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2009年10月10日

精神の弱さと病のはざまで

本日封切りの映画『ヴィヨンの妻』を観た。
太宰治原作の映画化である。
主演の松たか子らに期待しつつ観てみると
どんな映画に仕上がっているだろうと思いきや
「ああ、やっぱり太宰だ・・・」
感想は半ば失望を含んだその一言に尽きた。
映画は太宰の作品を忠実に再現しているようであった。
しかしそれだけに精神の弱さに負ける太宰そのものが
大写しに映し出されていた。
太宰を読むといつも思う。
人間の精神の弱さはその病とどこで境界線が引けるのかと。
だがどこに境界線が引けようとも
太宰は精神の弱さを克服できずに終わった人間であることに違いない。
私が太宰を好まない理由である。
反対に、生命力に満ちた主演の松たか子の演技は拍手ものであった。
太宰を重ね合わせる男主人公との対比の中で
太宰にはない精神の健全さと明朗さが引き立っていた。
病であろうとなかろうと精神の健全さと明るさ、それこそが美しい。
私はそう思う。
映画自体の完成度は高いので、太宰ファンは一度ご覧あれ。

posted by 野々花 at 19:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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2009年10月09日

静かな心

家にこもったまま一日を過ごした。
外の景色も、バタバタと打ちつける雨も知らずに
ひとり般若心経を写経していた。
意味もわからずただ繰り返し漢字を書き写す。
これが何になるかわからぬが
文字との対面が知らずと己との対面に変わるのに気がつく。

掲諦掲諦波羅掲諦 波羅僧掲諦菩提薩婆訶

心が無になる瞬間がある。
空の境地を少しばかり解す。
空を見上げれば雨がやんでいる。 
私はただ漢字と対面していた。
雨足の勇んで去るのも知らずに。
台風一過。
何事も無かったように日が暮れ行く。
黄昏の寂しさはない。
そこには静けさの野が広がるばかり。

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2009年10月08日

ヒーターのスイッチを入れる。
今年初めての暖房だ。
空には厚い雲。夕焼けは見えない。
今にも雪がふりそうなこの地に
菊が凍えそうに咲いている。
冬の気配がする。
山はもう冠雪があったろうか。
初雪が降ってもおかしくないこの頃
わびしい雲の絶え間に低い太陽を探す。
一人書物に目を落とし、日本の古典に冬の歌を拾う。

桐の葉も踏みわけ難く成りにけり必ず人を待つとはなけれど
(式子内親王)

凍てつく空の下
菊月はすでに過ぎ去る。

posted by 野々花 at 19:52 | Comment(4) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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