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2011年05月31日

子供という問題

ケータイに一通のメール。20年来の友人に赤ちゃんが産まれたのだという。「オメデトウ」と返した。帝王切開での出産、母子ともに無事で本当に良かった。

自問する。私ははたして動揺していないのか。子供を諦めた私たち夫婦に初めての出産ニュース。子供を持てない私たちの初めての「オメデトウ」のことば。そのことばに偽りはないけれど、自分の胸に問うてみた。どうして私は子供がだめなんだったっけ?そう、そう、胎児への影響の判らない新薬を飲み続けなければならないこと、病気の遺伝のこと、出産後の病状悪化によって育児ができるのかと言う問題。この三つだ。

どの三つも、絶対越えられない壁ではないように思う。けれど問題はもっと別なところにある。それは、もし統合失調症の子供が産まれてきたら、私は受け入れられるのか、ということ。壮絶な闘いをまた繰り返すことを考えると、私には無理だと感じてしまう。

もう34歳。若くはない。手遅れになる一歩手前。なのに、病気が良くなったら、なんて淡い期待を持っている。私はおろかな人間だろか。

★『詩集 烈風』は統合失調症との闘いを綴った闘病詩集です。
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畑と詩と。

ことばは要らない。こんなときは。降り注ぐ太陽の光と水で、土がじわりと黒く染まる。赤と白のバーベナに金色に輝くマリーゴールド。シャベルで土を掘り、ひとつひとつ花を植えた。波立っていた心が凪ぐ。畑と庭を造り汗をかく。こんな生活があるのだと思う。花は幸せの象徴のように思えた。

拙著『詩集 烈風』の反響が徐々にやってくる。成長した姿を見せられたようで、ポツリポツリと届くハガキににんまりする。昨日は『烈風』以後初めて詩を完成させた。入魂の作品。何度推敲したかわからない。それでも、誰がなんと言おうとも、「これが私」といえる作品に仕上がった。

畑と庭と詩。私にはこれしかない。それで十分だ。ガランドウの心に時々負けそうになるけれど、私はこうやって日々を生きていく。

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2011年05月29日

心に真っ暗な井戸を抱えて

これも陰性症状なのだと一言で片付けられそうですが、することが見つけられないのです。心が空洞である苦しみ。まるで心のうちに井戸を掘られたかのように、がらんどう。

週末、健康な夫とともに過ごすと、空っぽな自分がどうしても見えてしまうのです。夫は自分のしたいことを次々とみつけて自分の時間を過ごします。けれど、私はどうしていいかわからずに、ただ突っ立っているだけ。夫に置いてきぼりにされたような気がして、自分だけが取り残されたような気がして、孤立感が深まるばかり。夫といられることは嬉しいけれど、反面自分の寂しさが浮き彫りになってしまいます。

ならば、心に暗い井戸を抱えて、私はこの暗闇を苦しみぬこうじゃないかと考えます。浮かんだことばを書き留めて、たった一人の苦しみを、私だけのことばに昇華させること。そこにしか救いはないと今は思っています。書くこと。そこにしかないと。

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2011年05月28日

庭と畑

皆さんこんにちは、野の花です。

今日、畑に行ってみると私が植えたジャガイモの芽が小さく出ていました。わが子が育つ思いで嬉しく観察しました。ニンジンも芽を出し、後は苗物を買ってきて植えるだけです。畑にしつこく生えるスギナを今日もぷちぷち抜いていました。来週土をトラックで二台分入れてもらい、畑の面積を二倍にします。庭づくりも新たに始めます。

畑仕事は心が無心になるのでとても気に入っています。軽く汗を流し、作物を見守ります。今のところ家事に生きがいが感じられないので、畑仕事をもっとやって心のリハビリにでもしようかと考えています。

北海道の短い春、夏。桜の散るがごとくあっという間に寒くなる土地柄ですが、その分、からりと晴れた今日のような日には思い切り太陽の光を浴びようと思います。引きこもりでも、自宅の庭と畑になら出られます。まずはそこから。ゆっくり外へ出る練習をしよと思います。

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2011年05月26日

見えないよ、眼は開いているのに。

書き続けなければならないと思った。

「ことばを、文字をひねり出せ」

生まれない苦しみを苦しみぬけと友人が激励してくれた。私は昨日まで、自分がいったい何に苦しんでいるのだろうと、見えない「敵」を探り続けていた。苦しみの理由がわからずに詩が書けないでいた。でも、苦しみが何であるかわからないという現実を、自分が何を見ているか判らない悶絶する現実を、そのまま書けばいいのだと気づいた。たとえばこんな風に。

「見えないよ、眼は開いているのに」

自分を理解するために、自分の存在を明確にするために、書くことは私には必要だ。毎日更新するブログも、詩も、書くことで自分を見つめる作業なのだ。

空っぽの我が身を嘆くことば。それは聖書の詩編に収められたダビデの歌にもあるという。聖書を読み返してみようか。私の苦悩など、何千年も昔の人が悩んでいないはずがない。こうして人は古典を紐解くのだな・・なんて。

友人に感謝。そして再び猛烈に書き始めた私に乾杯。
生きるために、自分を知るために、書け、文字をひねり出せ!

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2011年05月24日

見えない苦悩

『詩集 烈風』を書いていた頃、テーマは明白だった。病気による孤独、身近な存在としての死。これらが最大の問題であり苦悩の内容であった。何と闘っているのかも明白だった。

今日、私は「烈風」後初めて一篇の詩を書いた。何が今問題であり、何が私の苦悩の対象なのか、それをずっと探っていたのだ。明らかな孤独はもう存在しないし、死は私から遠いところへ行ってしまった。でも何か苦しい。何だろう。私は何と闘っているのだろう、と。

問うて、問うて、やっと現状が見えた。生温かい環境のなかで苦悩の対象を見失い、何か分からぬ「欠乏」ゆえに、心に穴が空いているようなのだ。あるべきものがない。苦悩の正体が分からない。安穏とした生活に隠れて、苦しみの全容は謎のまま。それを書いた。環境に埋没し、我を見失いかけて、姿のみえない苦悩にあがいていること。陰性症状といえばそれまでだが。

書くことはいつも私に見えないものを見せてくれる。書くことで私は現状を把握し自らの問題に気づくことができる。

追求せよ、私。

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2011年05月22日

人間であることをやめたあの日

久しぶりに熱い涙が頬を伝った。何も感じない、目標もない、ただ息をして暮らしている。そのことが辛いと初めて心が認めたのだった。人間らしく生きられていない。そのことが、胸が詰まるように痛かった。人間らしく生きられない苦悩は、『詩集 烈風』の中でも大きなテーマになっている。

人間であることをやめなければならなかったあの日

思考はまどろみ 感性は震えをやめて
こころは次第にかたくなになっていった

私は骸となった自分の身体をさすり
零れ落ちた人間の欠片を集めて
かすかな人の残り香を嗅ぐ (「喪失」より)

統合失調症は人間らしさを奪う病魔との闘いである。陰性症状ともいう病気の後遺症。失われた「人間の欠片」を取り戻すことは容易でない。しかし私は諦めない。長い年月がかかっても、失われた人間の欠片を私はこつこつと拾い集め、もう一度、人間になる。

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2011年05月20日

病気をカミングアウトしました

私はこのたびの詩集の出版で、自身が統合失調症という病気であることをカミングアウトしました。詩集の内容も闘病の軌跡をテーマにしたもので、文中に一箇所病名を出したのと、「あとがき」に自身の病気について明記したのです。もちろん本名を出しています。そして詩集の内容も、死との格闘、閉鎖病棟での生活など、赤裸々なものになっています。

出版が決まった当初、私の周囲の人々の反応は様々でした。病名をはっきりと打ち出すことに及び腰だった人たちがいた一方で、夫は「いまさら隠してどうするんだ」と断固私を支持してくれました。この病気は社会において偏見がいまだ根強いらしく、社会一般ではネガティブなイメージがつきまとうそうです。

でも幸いなことに、私自身は病気による偏見や差別を直接的に受けたことはないし、夫をはじめとして応援してくれる人に恵まれました。だから逆に怖さを知らないのかもしれません。この詩集を出したことで社会の私に対する態度が変わるかもしれません。でも、私はありのままの自分をさらけ出そうと思います。どう受け止められるかわからないし、傷つくかもしれないけれど、最後の砦になってくれる家族がいるから。

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2011年05月18日

闘病詩集を出版しました

統合失調症の闘病体験を綴った『詩集 烈風』を出版しました。入院先の病院などを主な舞台とし、発病から告知、治癒の過程まで、時を追うように詩作しました。統合失調症を患っている方への応援歌となれば幸いです。

『詩集 烈風』 吉川千穂 著 (2011年)

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【目次紹介】

T.烈風

不吉な調べ、喪失、烈風、鉄の扉、ゆるやかな告知、
白い腕、病室の眼、朝、死産

U.ミュンヘン

黒の花嫁、鼻、カレイ、頭の中の車椅子、ミュンヘン

V.日の射すほうへ

この夜は、春の歌、バナナ、日の射すほうへ、新世界

【お求めの方へ】

郵便番号、住所、氏名、電話番号、ご希望の冊数をお書きの上、下記メールアドレスまでご注文ください。

nonohananoyouni★gmail.com (★を@に変えてください)

【定価】1000円(送料、振込手数料無料)

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社会への関心

医師に聞かれた。「社会で起こっている出来事を自分のこととして感じられますか」。私は首を横に振った。世の中で、今の日本で、これほど悲しみに満ちたときはないのかもしれない。震災の被災者はいまだ避難所で先の見えない避難生活を送っているし、原発事故の収束も見えない。失ったものの大きさを考えると、私たちはやりきれない・・・はずなのに、私はこうした事実を頭では分かっていても、心のなかではどこか他人事なのだ。

薄情な人間だと思う。想像力が足りないのだと思う。でも医師に指摘されたとおり、社会への関心の薄さは病気と関係があるのかもしれない。発病以前と比較してみると、社会への関心の欠如が著しい。ニュースは常に見ているのに、人の悲しみを自分の悲しみとして感じることができない。それは自ら孤独を作っているようにも思える。

社会への興味関心の欠落。それを陰性症状と一言で片付けられるだろうか。みなさんはどうですか。社会の問題を直に肌で感じられますか。

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2011年05月17日

離人感とは

実は最近、あまり体調がよくない。前回の通院日以来だ。ちょうど治験薬を服用し始めたのと時を同じくする。治験薬のせいだとは思いたくないが、何か関係があるのだろうか。

今、離人感に襲われている。離人感といっても上手く表現できないのだが、ある辞典によると、「自分が自分でないように感じたり、外界とのかかわりが喪失したり、現実感が感じられない状態のこと」とある。自分のことばで言うならば、ちょうど高熱を出してふらふらしているときのような状態。現実感が薄れ、会話をしていても自分で何を話しているのか分からなくなる。誰か第三者が話しているのを聴いている状態、とでも言おうか。ぼうっとしている。

離人感は、健康な人でも一過性のものとして経験することがあるという。それを繰り返し継続的に経験するとなると病的といえるのだろう。神経症、統合失調症、離人症など様々な精神疾患において見られる症状だという。

統合失調症などの精神疾患の症状を医師に伝えるとき、なかなか適切なことばにならないことがある。離人感もその一つ。だがこれは医学用語なので覚えておきたい。適切なことばで自身の症状について述べることは大事なことだから。

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2011年05月16日

私だって働きたいよ

友人から一本の電話。入院したときに仲良くなった、てんかんをもつ友人だ。久しぶりだったので話し込んだ。そのなかで、意気投合したことがあった。それは主治医が私たちに求める水準についてだ。ご両親と同居している彼女は言う。働くことは諦めて、お父さんお母さんが年金生活になったら生活保護をもらって暮らせばいいと医師に言われるそうだ。けれど彼女はそのことばに憤慨する。「私だって普通に働きたいて生きたいよ」

そうだ、私の主治医もまた、同じようなことを言った。あなたは主婦だから、家事ができればそれでいい、そこを目標とすればいいと。私はそのとき傷ついた。「私だって元気になったら、培った専門能力を使って働きたい。家事ができればそれでいいなんて、一生それで終わるなんて満足できない。」そう思った。

自分なりに人生の目標があるのだ。病気だからとか関係なく、ここまで回復したい、という想いがある。友人はとてもはきはきと自分の目指すところを語ってくれた。私は勇気づけられた。目標を見失いがちだった最近の私に何か刺激をもたらしてくれた。希望を見失い今の状況に安住しようとしている自分にはっと気がついた。きらきらした何かが私の心を満たした。

埋没するな。安住するな。見失うな、自分よ。
きらきらした心を思い起こせ。

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2011年05月15日

正気と狂気のあいだ

久しぶりに軽い幻聴があった。疲労が幻聴を呼ぶのだ。私は身体を横たえて、時が過ぎるのを待った。いや、その前に書きとめておきたいことがあった。私はパソコンの電源を入れると、詩の草稿となる文章を打ち始めた。

庭の砂利の間から紫に黄紋のスミレ
何かささやいている
彼らの影がサインを送っている
風に花びらを震わせて 私を誘う

ここまで書いて、はっとした。スミレが何か私にサインを送っているように見えるなんて、危険じゃないか?この内容は統合失調症の妄想に近くないか?まずいまずい、書くのをやめよう。私は恐ろしくなってパソコンの電源を消した。

創作はえてして狂気の発想と紙一重の感がある。独創的であればあるほど、そこには正常な認知のゆがみが見られることがある。健常者はそれを「芸術的」などと賞するが、病的な思考とどこに線引きができよう。詩が生まれるからといって喜んではいけない。病的な発想は封じ込めなければならない。詩と病気とどちらをとるといわれれば、そんなの決まっている。詩など書けなくてもいい。鈍感で何も生まれないほうが、どんなに幸せだろう。

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2011年05月14日

穏やかな閉塞

私の眼は穏やかで、何かを射るようなかつての眼差しはなく、何を見ているのか、きっと優しい表情をしている。ほんの少しの落胆を甘受して、この境遇に親しんでいる。何に落胆して?それは、統合失調症の後遺症ともいうべき、認知機能障害といくばくかの陰性症状だ。それらは私を閉塞させる原因そのものだけれど、受け入れ、付き合っていくしかないのだと良くわかっている。

平和なのか、諦念の境地なのか、うっすらと膜のような閉塞感に覆われている心地がする。病気のせいでたくさんのことを諦めたはずなのに、近頃は何を諦めたのだったろう、とそれすら忘れかけている。もう、いいんだ。きっと私の心は諦めという体験を過去のものとし、新しいステージを生きているのだ。心のどこも痛みはしない。

ただ、主治医に聞かれた問い「生きがいは何ですか」「目標は・・・?」これらに答えられなかったのは事実だ。目標も生きがいもはっきり言って見つけられない。けど、生きてはいかれる。そんなものなくたって、生きてはいける。平穏な日々をただ繰り返すだけでも、息をしているだけでも不足はないよ。ほんの少しの喜びがあれば、それでいいよ。

私、ずいぶん角がとれた。それとも心の奥では、やっぱり深く落胆しているのだろうか。

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2011年05月13日

眼は開いているから

陰性症状だろう。心が麻痺したように鈍麻する。麻痺していても眼はふたつきちんと開いている。いったいこの眼は何をみているのか。自分のことが知りたかった。私は今何に関心があるのか。それを知るため、私は様々なジャンルの本が置いてある紀伊国屋書店に入り浸り、実験を試みた。

ファッション雑誌には興味がなかった。文芸誌には少しだけ心が動いた。かつて没頭した人文科学はさらっと眺めただけで読みもしなかった。宗教本は反射的に身体が逃げた。統合失調症の解説書は食い入って読んだが辛かった。自分の過去が思い出されて辛かった。

そして最後に、写真集コーナー。東日本大震災の写真集に思わず目を覆ってしまった。辛くて見れなかった。その隣に、ウサギの写真集があった。手にとると顔がほころんだ。「ウサギの耳って以外と短いんだね」夫と会話。唯一、私の心を慰めたもの。それがウサギだった。

いったい私は何に苦しんでいるというのか。震災の写真も自分の病気も直視できずに、ウサギの写真に慰められて、私はいったいどんな現実を苦しんでいるというのだろう。知らねばならない。それを、知らねばならない。

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2011年05月12日

何にお金をかけるか

昨日、来週発売となる自身の第二詩集の原稿を印刷会社に持ち込みました。少し品質の良い表紙を選ぶなどしたら、当初の予算のなんと1.5倍の代金がかかることに・・電話で告げられたときはびっくりしましたが、後に残る詩集だし、と思い、えいや、と承諾しました。後で夫に連絡すると、そのくらいいいよ、と快諾。拍子抜けしましたが、やはり懐は痛〜い(涙)。はぁ、とため息。自分にもっと収入があれば・・

ふと考えると、私って普段何にお金を使っているんだろう。ほとんど外出をしない私は、服とか靴とか化粧品にお金はほとんどかかりません。最近買ったものといえば、畑の肥料!〆て2400円也。あとは、鍬(くわ)。ホームセンターで980円也。そんな感じです。で、今度の出版のための〇万円!これはやっぱり痛いです。相当痛いです。でも出版したい・・

普段はお金の出入りがなくても、海外旅行をしたり、こうして詩集を出したりと、たまに高額の出費をする私。自分に就労能力があればと思います。せめて、家事など、お金にはならなくても、稼いでくれる夫に恩返しをしようと思います。一生懸命、ご飯作ろう。心込めて作ろう。念じてもお金は降って来ないけど・・

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2011年05月11日

治験が始まりました

昨日は通院日でした。怒涛のように疲れました。なんといっても、治験が本格的に始まったからです。治験とは、市場に出回る前の未承認新薬を臨床で試すというもの。製薬会社がほとんどの費用を負担し、実験的に治験薬を飲みます。前にも書きましたが、陰性症状と認知機能障害の改善を目的とした薬で、大学病院に通院していることもあり、運よく受けらることになったのです。

しかし。はじめの一錠にたどり着くまでに大変だったこと、大変だったこと!繰り返し行われる採血、検尿、心電図、視力検査、身長・体重測定、長い長い問診、介護者(今回は両親)への長い長い問診etc.主治医の先生が膨大な書類を抱えて、診察に挑みます。答えるほうの私も疲れるのなんのって。別の病院にかかるためにも書類が必要だし、諸手続きが煩雑で、げっそりして帰ってきました。

でも、もう始まってしまえば、案外楽かも。ただし、1/3の確率でプラセボ(ただの粉)が当たるので、その辺は運ですね。おっと、飲み終えた薬の殻もすべて回収。気をつけねば。よい結果が出ることを期待しています。エビリファイでは頭打ちの感が否めないので。後一歩でも良くなれば私は幸せです。頑張ります!

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2011年05月10日

よみがえる過去

昔の美しい思い出を思い出す。時々過去が美しい相貌をして私に迫ってくる。口にしてしまえば消えてしまいそうな、無声映画のような映像だ。

鮮明に覚えている。あれは真駒内公園の山林の中。母親に連れられて妹と三人、茂みの中で黄蝶の群れとその奥に小さな紫蝶の群れをみつけた。そっと蝶を囲むように、私たち三人はその美しさに見とれていた。

白昼の午後。母親が自転車で買い物に行く。母親に手を振る幼い私と妹。まだアスファルト舗装はされてなかった、砂利道を砂埃立てながら母は道角を曲がる。

ほら、次々と思い出される。あるいは、これらの映像は頭の中で合成され、作り出されたものなのかもしれない。けれど、あの黄蝶と紫蝶の群れは確かに見たし、母の乗っていた自転車もはっきりと覚えている。エプロンをした短髪の母親・・

過去は遠くなればなるほど美しさを増す。辛い記憶は徐々に削ぎ落とされ、美しいものだけが記憶に残る。そうして私たちは過去にけりをつける。闘病詩集を書き終えたとき、もう過去は振り返らないと決めたのに、私ときたら、まだ足りないらしい。過去はそんなにも魅力的なのか。うしろばかり見ている、何故?

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2011年05月09日

康美さんのこと

ふと思い出した。二十歳のとき、初めて入院したときのこと。向かいのベッドに康美さんというという7つ年上の女性がいた。色白で透き通るような茶色のロングヘア。体重はぎりぎり45キロしかなくて、線の細い、ふわふわと漂っているような人だった。「私、もう若くないっか」と窓辺に目をやり、ため息をついた。美しい彼女のことが時々思い出される。

あの名前。健康の康に美しいと書いて康美さん。健康な子供に、と親がつけた名前だろう。健康には恵まれなかった彼女。ちゃんと生きているだろうか。もう十五年も前のことなのに、なぜかはっきりと覚えている。

入院してたくさんの患者さんと出会った。こんな病気だから、死んでいるか生きているかもわからない。消息を聞くのは正直、怖い。でもあの頃、若かったあの頃、苦しいはずの閉鎖病棟で笑顔がはじけた、みんなの顔は明るかった。辛かったはずなのに。

そのなかで康美さんはやっぱり特別だった。薄幸の象徴みたいな人だった。どうしているだろう。こうして思い出す。印象に残る人だったんだ。生きていてほしい。活き活きと。私はここまで元気になったから。康美さん、いまどこ?

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2011年05月08日

ちっぽけな詩、ちっぽけなブログ

北海道を代表する詩人のひとりである渡辺宗子氏から最新の詩集が届いた。『麦笛のかなた』。難解だけれど、奥深く、密度の濃い、味のある作品に間違いない。宇宙や人類、生命の始原、源流のようなものを追い求めている。スケールが大きい。宗子氏の朗々とした朗読の声が聞こえてきそうだ。

かくいう私。ほぼ完成し印刷所に持っていくばかりになっている自身の闘病詩集が手元にある。宗子氏とのスケールの違いに愕然とする。私の詩は人類とか生命とか宇宙とかそんな全体的なもの、大きなものなど見てなどおらず、目の前に横たわる病魔との格闘、それしかない。このブログだってそうだ。もっと社会全体を見据えて何かを書けるといいのに、病魔の横たわる日常にとらわれて、ちっぽけだ。なんてちっぽけだ。

詩にせよブログにせよ、いつかもっと大きな視野で物事をとらえ、つづることができるようになるだろうか。宇宙も星も、日常の延長にあるのだろう。その先へ視野を広げることができるだろうか。病という枠組みを越えてゆくことが課題だ。そのためには学ぶのだ。今はこんなに小さくとも。

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