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2012年12月21日

何かに慄いている

こんにちは。三連休ですね。世の中はクリスマスですか。うちは特にケーキを食べるでもなく、ツリーを飾るでもなく。夫が仕事大変なのでゆっくり休ませてあげたいというくらいでしょうか。私も日々の翻訳の疲れか、身体がだるいです。それでも、心のどこかに社会に向けて何かを発信したいという気持ちがあるんです。自分の存在を、不安で震えている私の魂を、空にめがけて放ちたいと思う自分がいるのです。何の不安でしょうか。何への畏れでしょうか。震えている魂がいるのです。本当は一人であるという孤独でしょうか。それとも老いへの不安でしょうか。わかりません。何か言葉にできないものを感じているようで、表現することで解き放たれるような何かを抱えている。そんなときは詩を書くのがいいのかもしれません。自分をもっともよく言い表せる手段は、こういうときに発揮されるのだと思います。日中いつも私は一人なので、こういう心境になっても誰かに語れるということがありません。夫の帰りは遅いし、疲れて帰ってくるので。どのみち内的な問題は自分でしか解決できませんね。人間は一人であるということ、それに慄いているようです。そんな日もある、か。孤独は言葉にするしかない。そうして乗り越えるのだと思います。野の花でした。
posted by 野々花 at 16:51 | Comment(3) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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この記事へのコメント
野の花さんは慄いていると言われますが、それを直視し、自分の中で消化されている事はとても偉いです。私も見習わなければならないと思います。今の私は「慄く」という気持ちから逃れようとばかりしているからです。孤独を感じると花屋さんへ走り、新しい花を買い、眺め、「美しい」と感じてデッサンをして夢中になる。そして、家事をして他は考えない振りをするのです。けれど、孤独の中で得た物があります。それは、私の病気の事を知って去って行った人達もいるけれど、知っても尚お付き合いを続けてくれる人達がいる事がわかった事です。主人に他人をよく観察しなさいと言われていたのですが、その事がよく解りました。残ってくれた人達を大切に生きていこうと思います。話が脱線し長くなってごめんなさい。ただ、この病気を患って、野の花さんという素敵なお手本のような方に出会えて良かったな、と思ったのです。
Posted by あきこ at 2012年12月21日 22:32
生死これ仏の御命なり、といって、人間死ぬからすばらしいのだと言うことですね。すべて無常を旨とすべし、そうすれば、エゴも欲も富や金や持ち物も、虚しいものに思えてくるものです。
 みな仏様のたなどころにいる仏子であり、自分のものなど何一つ無く無所有であることに気付けば、菩薩心を起こして他人のために行動してやることができるというものです。
 死んだら闇の人は、まだ救われていませんね。死んだら天に召されるくらいでないと、救われません。僕は六道輪廻を信じているのですが。
 長々とごめんなさい。
Posted by Pearsword at 2012年12月23日 02:09
あきこさん>
こんにちは。孤独を感じると花屋さんへ走り、デッサンに夢中になる。素晴らしいではありませんか。孤独との付き合い方を会得されている。自分なりの方法で誰しも孤独と向き合います。芸術は孤独によって生み出されることが多いですね。私はお手本のような人間ではありませんが、私もあきこさんと出会えてよかったなと思っています。

Pearsword さん>
仏教ですか。私は詳しくはありませんが、般若心経は好きで何度も写経をしたものです。孤独なときなど、自分と向き合うのにとてもよい手段でした。
Posted by 野の花 at 2012年12月23日 16:12
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